- ワンポイントレッスン
ひょっとしたら、鏡の国のミルクは飲めないかもね。
――――ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』
タンパク質をつくっているアミノ酸。アミノ酸には、L-アミノ酸と、D-アミノ酸がある。
私たちが食べるものは、L-アミノ酸からできていて、消化されて栄養分として利用されている。でも、D-アミノ酸は、食べても吸収されずすぐに排泄され、栄養にはならない。
LとかDって何?
L-アミノ酸と、D-アミノ酸はどっちも分子構造は全く同じ。だけど、どんなことをしても重ね合わすことができない形をしているんだ。
同じ構造なのに違う形?それどういうこと?
それはこういうこと。Lの方を鏡にうつすと、Dと同じ形になり、逆にDの方を鏡にうつすとLと同じ形になる。そういう関係なんだ。分子構造は全く同じだけど、その立体配置だけが違っていて、お互いに鏡にうつした関係になっている。
このように、実像と鏡像の関係になっているものを光学異性体というんだ。L-アミノ酸と、D-アミノ酸は光学異性体ってわけ。
もし光学異性体の時計があったとすると…。
数字は鏡にうつしたように逆になっていて、しかも12、11、10、‥の順に並び、針も反対向きに回転する。そういうこと。
光学異性体があるのは、タンパク質だけでない。たとえば、メントールもそうで、ℓとdという記号で区別されている。ℓ-メントールは清涼感のあるハッカのにおいがするのに、d-メントールはカビくさいにおいがする、という違いがあるんだ。ℓとdが同じ量だけ混ざっているものをdℓ-メントールという。でも、それっていったいどんなにおいがするのか、ちょっと興味あるよね。
多くの医薬品は合成して作られている。ところが、このとき光学異性体の関係にあるものがどちらもできてしまう。しかもそれぞれ薬理作用が異なっている。解熱鎮痛薬に使われるイブプロフェンもそうで、S型とR型が半分ずつ混じり合った状態で合成される。S型は薬効をもち、R型は薬効をもたない。
これって、薬効をもつ成分が半分しかできないっていうことだから、効率悪すぎ。でも最近、東京理科大が、不純物のR型を効率よくS型に変える方法を発見したそう。
RからSに変わるって、まるでイブプロフェンが鏡の中からこちら側へ行ったり来たりしているみたい。